書評・小説 『新宿・夏の死』 船戸 与一


船戸与一は、インスタのフォロワーさんから『満洲国演義』を紹介して初めて知った。昨年の夏は、満洲国に浸りきった(毎年、夏には戦争についての本を一冊は読むようにしている)。スノビズムが大好物な私、ハードボイルドな世界はちと苦手なので、紹介されなかったら絶対に手をつけない類の作家さんなのだが、遺作となった『満洲国演義』がめちゃくちゃ面白かったし、その後読んだ『世界の8大文学賞』でも、船戸与一が取り上げられていて、他のも読んでみようかな、という気になった。数ある作品の中から、別のインスタフォロワーさんにおすすめいただいた本作を手にとった次第。

夏の新宿を舞台にした中篇8篇を纏めたものである。いやー、すごい。何がすごいって、アナタ、最初の作品からいきなり、新宿ど真ん中のオフィスビルでライフルぶっ放して人殺しちゃいますから。ハードボイルドに慣れていない私、初めからいかにも主人公が殺しそうな出だしだから、これはきっと伏線だけで終わるのかと思いきや、「あ、本当にライフル撃っちゃいましたの?」と、しばし呆然、である。その後も、登場人物達は、ヤクザ、闇金、右翼、オカマ、ホームレス、不法滞在外国人などなど、ディープな世界が繰り広げられる。オカマ狩りにホームレス狩り、チベット独立運動、ロシア・マフィアの売春組織、イラン人の麻薬密売人と、結構バラエティに富んでいるが、「夏の死」のタイトル通り、ほぼ全編で安定して血生臭い殺人が起きる。さすがハードボイルド作家、「ワイルドだろぉ〜」(古!)とゆー感じである。

と言うわけで、初めは中々この世界観についていけなかったわけですが、読み進めていくうちに、なんだか不思議な既視感を感じてきた。いや、ハードボイルドな人生とは全く無縁な私なのだが、、、と思いつつ、気になって、巻末にある各篇の初出誌一覧を見て、合点がいった。全ての中篇が1998〜2001年に出版されている。そして、何を隠そう、まさにこの年代、私は新宿区の住人だったのであった。

もちろん、新宿駅の近くに住んでいたわけではないが(あんなとこに住めるかい)、それでも、自然、新宿駅周辺にはよく足を運んだ。それに気付いてから、急に昔の記憶が蘇り、この小説の空気感が一気にリアルに迫ってくる。東京都がなんとか対策を講じなければと躍起になるほどに街に溢れかえったカラス、西口を出れば、中央公園のあたりまで延々とホームレスの小屋が続いていた。JR東口を出てアルタまで歩く、わずか数百メートルの間に、ナンパ2件、風俗とキャバクラのバイト勧誘2件、援助交際(おばちゃんの頃はパパ活なんて言葉なかったのよ)の申し出1件、という攻勢を受けた時には、この街はホントにヤバいかもしれない、と思った。私の幼なじみの椎名林檎ちゃんが『歌舞伎町の女王』を出したのもこの頃で、「JR新宿駅の東口を出たら〜♪」という歌詞を口ずさみながら、東口を出る時は、別にお勤めしてるわけでもないのに、なんだか自然と気合が入ったものだ。

そう言えば、直木賞を受賞したばかりで話題の馳星周が、歌舞伎町の中国人達の抗争を描いた『不夜城』を書いたのも、やっぱりこの時代だ。昔からハードボイルドに興味の無い私、馳星周の作品は全然読んでいないのだが、『不夜城』だけは、いつも遊んでる新宿の裏の顔に興味を覚えて、思わず読んでみたっけ。お小遣いが足りなければナンパされるのを待って奢ってもらったり、友達と始発までマックやカラオケ館で時間を潰したり、そんなしょうもない遊び方している小娘達の裏で、黒いディープな新宿は確かに息づいていた。大して悪いこともできない私は、一度も新宿で危険な目に遭ったことはない。それでも、病みきって、それなのに、どこか生き生きとして黒々とした魔物のような、ディープ新宿が、自分の足元に、すぐ背後に、潜んでいた感じを思い出す。

船戸与一がこのハードボイルドな連作で描きたかったのは、まず、何よりもあの新宿の空気感なのかもしれない。東京を離れて十年以上、子育てで平和ボケしている私でも、久しぶりにあの感じを思い出した。もう一度味わいたいとは思わないけれど、あれはあれで一時代ですねえ、という感じの懐かしさはある。そんな新宿歌舞伎町も、コロナ後にはどうなってしまうのかなあ、なんて、毒にも薬にもならない地方の一主婦が、思ったりする。

Follow me!


%d人のブロガーが「いいね」をつけました。