書評・エッセイ 『またたび』 伊藤比呂美


軽いものが読みたいなあ、と思い、初めて伊藤比呂美のエッセイを読んでみた。始めは、ぷつぷつ切れて美しくない読みにくい文章だなーと思って、余り気乗りしないで読んでいたが、段々面白くなってきてしまい、最後の方は読み終わるのがもったいない、と思うほどに。

前夫の間にもうけた3人の娘と、ユダヤ系イギリス人の「つれあい」と、カリフォルニアで送る日々を綴ったものが、「食」という側面から、異文化や異国との接触、日本と日本人のアイデンティティとか、よく捉えられているそれから、そういうこむつかしいことを排して、異国の珍しい食べ物・料理から、日本人が骨の髄までうまさを知っている定番の食べ物・料理から、色々でてきて楽しい読み物だ。

私自身、著者のように摂食障害まではいっていないものの、20歳くらいまで、全ての野菜と果物が嫌い、という超偏食時代を経た後、段々食べる楽しみを覚え、食べられるもの、おいしいものがどんどん増えていき、今ではどちらかと言えば好き嫌いの少ない方&どちらかと言わなくても間違いなく食いしん坊なほどになっている。そして、私の「つれあい」が、またとてつもない食いしん坊なので、おいしいものを食べに行ったり、自分で料理もしてみたりして、どんどん食いしん坊になっている。ただ単に「食」のエッセイというだけでも十分に楽しめた。

でも、彼女の面白さは、そういう表面的なところにとどまらない。私は、どちらかと言えばフィクション好きで、エッセイを面白い、と思うようになったのは、大分大人になってからなので、エッセイの評価はいまいちよくわからないところがあが、とにかく、面白いエッセイを書く人、というのは、ものすごく場面や情景や、何と言うか「事実」の切り取り方が、鮮やかだと思う。ストレートで飾らない(時には稚拙と思えるほどの)言葉と文章の中に、ものすごい見事で、その人にしかできない切り口で、一瞬だけ、深い真理や人生の深層を浮かび上がらせてみせる、そういう技をもっているのが、すぐれたエッセイストなのではないかなーと。

そういう意味で、詩人が良きエッセイストになるのも頷けるのかも江國香織さんも、小説だけじゃなくエッセイもものすごく面白いのだが、彼女もちょっと、詩人めいた要素があると思う。短いだけに言葉に超敏感で、研ぎ澄まされた感覚の持ち主。俳句の世界に通ずるような。

アメリカで「カボチャとウリとヒョウタン」と「コヨーテ」を見たかった、という作者。「カラカラ鳴る闇」というものを見てみたいと思い、「ねっとり、もちもち、ほくほく」とか「つるん、ぷるぷる」とかした食べ物を恋焦がれる作者・・・そういう姿に、日本の風土や気候の本質やら、異文化との違いやらが、ぞくっとするくらいはっきりと浮かびあがる。ほんとに一瞬だけなんだけれど、見事で、「ああ、そうだ、そうだった」と、初めて自分が無意識に感じていたことに気付かされるような感じ良きエッセイで味わえるあの感じ。

それにしても、今日の夜ごはんは何を食べよう。トルティーヤをつくろうか、ネパール風カレーにしようか・・・と思いながら、ああ、でも、ほんとは作者のように、卵かけごはんが食べたいかも。

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