書評・小説 『マザリング・サンデー』 グレアム・スウィフト


『マザリング・サンデー』をお得に読む

『最後の注文』でブッカー賞を受賞したグレアム・スウィフトの中編小説。中編と言っても1、2時間もあれば読めてしまう長さだが、シンプルな文章と物語の中に、豊かな想像力と複雑な構図が隠されていて、ぐいぐい惹きつけられ、一気読みしてしまった。

タイトルのマザリング・サンデーとは、英国の「母の日」的な祝日で、この日に奉公人が実家に帰省する習慣がある。世界大戦中のイングランド。お屋敷に使えるメイドのジェーンは、近くのお屋敷の息子ポールと秘密の愛人関係にある。孤児のジェーンに帰省する家はなく、近々結婚してロンドンに行くポールと最後の逢瀬をした後、誰もいなくなったお屋敷に一人取り残されるが、、

まず何より、イギリスの上流階級のお屋敷を舞台にした小説って、なんでこうも独特の雰囲気があって面白いのだろうか。広大なお屋敷、牧歌的な自然、厳然とした階級差、そして整然とした静けさの前で、隠されている何か、今まで抑え付けられてきた感情、秘密の関係、包み隠されていた怒りや暴力や死までもが、チラリと姿を表してしまいそうな、今にもドラマが起こりそうな、「予感」が満ちている。

古くは、ジェーン・オースティンやE・M・フォースターの作品、そして現代では、やはりブッカー賞受賞作家のイアン・マキューアンの『贖罪』やカズオ・イシグロの『日の名残り』。マイケル・オンダーチェの『イギリス人の患者』も、場所はイタリアという設定だったが、同じ雰囲気に満ちていた。そして、この『マザリング・サンデー』。やはりイギリス人作家は、この雰囲気を醸し出すのが抜群にうまい。しかも、その雰囲気は視覚化したいという欲望を起こさせるようで、例に挙げたような作品群は全て映画化されている。もしかしてこの作品も、、、と思ったら、やっぱり映画化されるようだ(ソースはこちら)。映画だけでなく、ドラマ『ダウントン・アビー』の大ヒットを見ても、正直「またか」という感はあるのだが、それでも、やっぱり観たら引き込まれてしまう。

雰囲気に浸っているだけで十分楽しい作品なのだが、シンプルに見えて結構複雑な構造が隠されているのがこの作品の最大の魅力である。マザリング・サンデーは、メイドがいつもの身分から解放される特別な日。メイドがいない中、お屋敷の主人達も家にいては何かと不便なので、この日は街中へ出掛けてしまう。誰もいなくなったお屋敷で、初めて正面玄関から入り、初めて主のベッドで愛を交わし、素っ裸のまま屋敷内を徘徊するという大胆な行為に及ぶ主人公のジェーン。この日初めて、主役と脇役、仕える者と仕えられる者の厳然とした関係性が歪む。人生の、社会の、逆転現象があり、歪みがあり、その中で、書くこと、創作することが立ち上がってくる。その中には戦争と20世紀を迎えたイングランドの暗く追い詰められた影も織り込まれている。

この作品は、イギリスで最も古い文学賞の一つホーソーンデン賞を受賞している。ホーソーンデン賞というのは初めて聞いたので調べてみたのだが、41歳未満の作家による「最高の想像的文学作品」に与えられる文学賞だそうだ(Wikipediaより)。ノーベル文学賞作家のグレアム・グリーンやV・S・ナイポールも受賞しているし、同じブッカー賞作家のヒラリー・マンテルや、ちょっと毛色の違うとこではアラン・シリトー、オリバー・サックスらの名前もある。前述したように、この作品の舞台は、ぶっちゃけ「またか」という感じのイギリスのお屋敷世界なのである。日本で言えば時代劇くらいお馴染み感のある舞台設定で「想像的文学作品」を創り上げる。この作品の凄さはなんと言ってもそこにある。この雰囲気を残しながらこれだけの想像力を盛り込んだ著者も見事だし、ちゃんとそこにフォーカスして評価をしたイギリスの文学賞もさすがだなあ、と思わされた。

だが、ジョゼフ・コンラッドのすごいところ、本当に驚嘆すべき点は、あれだけの数の本を書くために、ものの書き方を学ばねばならなかっただけではない、まるきり新しい言語で書くことを学ばねばならなかったということだ。これはちょっと信じ難いことだ。それはとんでもない(インポッシブル)障壁、越すに越されぬ(インパッサブル)障壁をとび越えるようなもので、こちらの方が、コンラッドが青春時代にあれだけの数の航海に出たことよりも、もっと大きなこと、もっと大きな偉業、もっと本物の冒険であるのではないかという気がした。東洋に辿りつくよりも、さらに心躍ることではないか。

そしてそれが、作家になるために、彼女がしなければならないことでもあったーーーとんでもない障壁をとび越えねばならなかった。そして彼女自身のちに理解するように、彼女には最初から言語があったけれども、それでもやはり新しい言語を見つけなければならなかった。なぜなら、新しい言語を見つけること、これしかないという言語を見つけること、それこそが、のちに理解するように至るように、ものを書くということなのだ。

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