書評・小説『移動祝祭日』 アーネスト・ヘミングウェイ


フィツジェラルドの『夜はやさし』を読んで、むしょうに、第一次世界大戦後のパリに集結しているアメリカ人たちの様子を綴ったこの本が読みたくなった。『移動祝祭日』は、若きヘミングウェイが滞在したパリ、いわゆる「ロストジェネレーション」と呼ばれる友人たちとの交流などの日々を、晩年になって回想し綴ったものだ。

まず何より、若さに溢れている様子がいい。先日読んだ海野弘さんの『書斎の博物誌』にも、この『移動祝祭日』のことが度々触れられていた。

私はこの本がとても好きだ。パリのカフェで黙々と書きつづけている若者の姿が、いきいきと伝わってくるのである。

海野弘さんも取り上げていた冒頭のシーン、パリのカフェでラム酒のセント・ジェームズを飲みながら短編を書こうとしているヘミングウェイ、そこに美しい娘が一人入ってくるシーンは、とても象徴的だ。

ぼくはきみに出会ったんだ、美しい娘よ。きみがだれを待っていようと、これっきりもう二度と会えなかろうと、いまのきみはぼくのものだ、と私は思った。きみはぼくのものだし、パリのすべてがぼくのものだ。そしてぼくを独り占めにしているのは、このノートと鉛筆だ。

ヘミングウェイというとどちらかと言うとハードボイルドなイメージがあるが、この『移動祝祭日』はどこか感傷に満ちている。生涯四度も結婚した中々のプレイボーであるヘミングウェイだが、最初の妻ハドリーとの新婚生活の思い出はみずみずしく甘く切ない。

ヘミングウェイの死後発表されたこの作品は、スコット・フィツジェラルドはもちろん、エズラ・パウンド、ガートルード・スタイン、ジュール・パスキン、アーネスト・ウォルシュなどさまざまな友人知人について語られている。その口調は時に非常に辛辣であり、この作品が発表された時には有名人の暴露本的な話題も呼んだし、そのことでヘミングウェイを非難する論調もある。

でも、きちんと読んでみると、ヘミングウェイの口調は、後年に恨みを綴ったというよりは、ユーモアと温かさが満ちているもののように思う。よく言われるガートルード・スタインとの確執にしても、確かに彼女の俗物的なところや高圧的なところを批判的に(結構意地悪く)書いてはいるが、一方的に貶める意図は感じられない。

ヘミングウェイが、ガートルード・スタインに、例の「ロストジェネレーション」という言葉を投げつけられ、家に帰る途中カフェに立ち寄って、ビール片手にネイ元帥の銅像を眺めながら思いにふけるシーンが私はとても好きだ。

ネイ元帥が何日間も後衛舞台を率いて奮戦したことを思い出しているうちに、ミス・スタインがどんなに心の温かな、情愛に満ちた友人だったか、あのアポリネールと彼の死に際のことを、どんなに美しく語ってくれたかをあらためて思った。(略)そんなことを思い返しているうちに、よし、自分はこれからも彼女のために尽くし、彼女の立派な仕事が評価を得られるように最善を尽くそう、と誓った。だから神よ、私とマイク・ネイを助けたまえ。でも、ロスト・ジェネレーションなんて彼女の言い草など、くそくらえ。

そして、フィツジェラルド。ヘミングウェイとフィッツジェラルドの関係はなかなか複雑である。『移動祝祭日』でも、フィッツジェラルドについては終盤の「スコット・フィッツジェラルド」「鷹は与えない」「サイズの問題」の連続した3章を割いている。ここで描かれているフィッツジェラルドは、ちょっと短足で、軟弱で、アル中で、妻のゼルダに振り回され、初めて訪問したヘミングウェイ夫妻に自分の全作品の原稿料や印税の一覧票を見せて喜んだりする俗物根性も持ち合わせている。アル中のフィッツジェラルドにヘミングウェイが振り回される珍道中や、フィッツジェラルドがレストラン・ミショーで真剣な面持ちで(自分の男根の)「サイズの問題」を打ち明けるところなど、ヘミングウェイらしい意地悪なユーモアが満ちていて噴飯ものだ。

でも、ヘミングウェイは本気でフィッツジェラルドを小馬鹿にしていたわけではないのがよく分かる。むしろ、ヘミングウェイはフィッツジェラルドの才能に嫉妬さえしていたのかもしれない。巻末の訳者解説で紹介されていた、ヘミングウェイの書簡の一節はとても印象的である。

ぼくはスコットに対し、愚劣な少年が抱くような優越感をいつも抱いていたーそう、ちょうど腕白なガキが、軟弱だが才能のある少年を嘲笑うような優越感をー

こういう想いを秘めたヘミングウェイだからこそ、アル中で弱虫でわがままなフィッツジェラルドにさんざん振り回された旅の後、彼が持参した『グレート・ギャツビー』を一気に読んだこの文章が際立つのだ。

最後まで読み終わったとき、私は覚ったのだった。スコットが何をしようと、どんな振る舞いをしようと、それは一種の病気のようなものと心得て、できる限り彼の役に立ち、彼の良き友となるよう心がけなければならない、と。スコットには良き友人が大勢いた。私の知るだれよりも大勢いた。しかし、彼の役に立とうと立つまいと、自分もまた彼の友人の輪の新たな一人になろう。そう思った。もし彼が『グレート・ギャツビー』のような傑作をかけるのなら、それを上まわる作品だって書けるにちがいない。

これは、作者の人間的な弱さや欠点を思い知ったにも関わらず、いや、それだからこそ、『グレート・ギャツビー』が稀に見る傑作であることを告白した、最大級の賛辞だと思う。

私は、『夜はやさし』記事でフィッツジェラルドの描く男性像、そのヒロイズムについて触れた。この本で描かれるフィッツジェラルドは、彼の理想のヒーローとはだいぶかけ離れていた。作家ヘミングウェイもまた、一つのヒーロー像である。(多くのヒーローがそうであるように)ヘミングウェイが彼や世間が思うほどに強かったとは思わない。ただ、精神を病んだ妻に振り回され、自分もアル中で作品に集中できなくなり、手っ取り早い収入を求めて仕事の質を下げて身を持ち崩しついには世間からも忘れ去られていったフィッツジェラルドに比べて、何人も女性を変えながらも一種職人的な根気強さで自身の作品を磨いていき、生存中にある程度の名声を勝ち得たヘミングウェイの方がよりタフだったと言えるだろう。ヒロイズムはヘミングウェイの方がよりふさわしく感じられる。

もしも、タフなヘミングウェイが『グレート・ギャツビー』のようなヒロイズムを描いたなら。もしもそうだったら、少なくとも女性の私は読んでいて反吐が出たかもしれない。でも、もちろん、ヘミングウェイは『グレート・ギャツビー』を書かないし、書けない。『グレート・ギャツビー』は、あの軟弱な愛すべきフィッツジェラルドだからこそ書けたのである。それを誰より分かっていたのはヘミングウェイなのかもしれない。

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