書評・小説 『若冲』 澤田 瞳子


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2016年に東京都美術館で開催された「伊藤若冲展」が、今年になって再び福島県立美術館で開催され話題となっている。遅まきながら、直木賞候補作でもあるこの小説を読んでみた。

一応、大学で美術史を専攻していた身としては、芸術家の内面を描く小説、というのはどうもあまり好きにはなれない。個人の内面的葛藤や感情を作品で表現するといういわゆる「芸術家」的捉え方が、極めて現代的過ぎる気がするのだ。西欧でも日本でも、18世紀くらいまでは、真の純粋芸術家などは存在せず、と言うかそもそもそういう考え方すらなく、芸術家はかなり職業人的要素が濃かった。工房とか流派で作品を仕上げていたことからもよく分かる。絵画を純粋な観賞用作品として仕上げるのではなく、屏風や襖絵など、権力者達の調度品の一部として用いることを前提としていた日本美術の文化ではなおさらのことだ。もちろん、その事実が作品の芸術的価値を減じるわけでは決してない。むしろ、そうやって経済的あるいは物理的な制限を受け、時代の特殊性を反映し、パトロンの趣向や欲望を代弁し、なおかつ数百年経った後まで時代や国を超えて鑑賞者に情動的なインパクトを与えうる作品とはなんと素晴らしいものだろう、と思う。だから、芸術作品を作者の個人的な側面から分析するのはあまり好きではないのである。

作者の澤田瞳子さんは、小説家であると共に同志社大学大学院博士課程を修了したれっきとした美術史家でもある。本作は、伊藤若冲の個人的な人生や内面にスポットをあてた完全なる創作物語にはなっているが、美術史家としてはタブーなことを、小説家として自由にやってみたかったんだろうなあ、という感じがする。しかし、さすが、豊富な知識に裏打ちされた時代考証や当時の風俗描写の確かさ、漢語の多い格調高い文章で、感情的な安っぽい物語になはっていない。与謝蕪村や池野大雅、円山応挙、谷文晁などの脇役も面白い。

ストーリーの大きな鍵として、美術史界では大きな話題となっている『鳥獣花木図屏風』(プライスコレクション)の真贋問題を持ってきたのは美術史家らしい。従来、伊藤若冲で最も有名な作品と言えば、静岡県立美術館所蔵の『樹花鳥獣図屏風』と、それとほぼ同じ構図をとったプライスコレクションの『鳥獣花木図屏風』が双璧であった。しかし、近年、東大美術史学科教授の佐藤康弘氏が、後者は「稚拙な模倣作である」と主張。『奇想の系譜』を著し日本美術史の大家としても有名な同大学名誉教授惟雄氏の主張と真っ向から対立し話題となった。本作では、実在の画家市川君圭が若冲を憎む義弟であるという設定になっており、彼が『鳥獣花木図屏風』を描いたのを知りながら若冲が「これは自分の作品だ」と言明し、「あの屏風が誰の手になるかなぞ、若冲どのを知らぬ百年ーいや千年先の暇人どもが、言い争えばよきことでございまするな」と粋な言葉で結んでいる。

この論争について知りたい方は、日本美術サイト「ARTISTIAN」の記事がわかりやすい。ちなみに、佐藤氏と辻氏はどちらも私の在学中の専攻科目の教授であるが、何か逸話を付け加えれるほど授業に出席しておらず、向こうも不肖学生の名前も顔も記憶しておられぬであろうから、これ以上語ることもない(笑)

とにもかくにも、奇矯の画家、伊藤若冲は人目を引かずにはいられない作家である。いや、作家である、というより、人目を引かずにはいられない作品群である。こんな絵を描く人物ってどんな人なんだろう、と興味が沸かずにはいられないのだが、また、そんなことどうでもいいくらいに完結していて素晴らしい、とも思う絵なのである。

<参考>

日本美術サイト「ARTISTIAN」の記事はこちら

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