レビュー・映画 『グレイ・ガーデンズ 追憶の館』


2009年、HBO制作のテレビ映画。監督はマイケル・サシー。主演はドリュー・バリモアとジェシカ・ラング。テレビ映画部門で、エミー賞、ゴールデングローブ賞などを受賞した。

ジャクリーン・ケネディ・オナシスの叔母であるビッグ・イディ・ビールとその娘リトル・イディ・ビール親娘。かつては社交界の花として君臨した彼女たちだが、戦後は世間から見捨てられ、ゴミ屋敷化した広大なハンプトンズのお屋敷「グレイ・ガーデンズ」で孤高の生活を送っている。市の衛生局から目をつけられるほど荒廃したお屋敷で、掃除や自炊などの基本的な家事すら一切せずに、母はベッドで猫と共に寝起きし、娘は奇抜なファッションで着飾って、過去の栄光を思い返しながら無為な日々を送っている。

この親娘の元に、有名なドキュメンタリー映画監督のメイスルズ兄弟が訪れ、親娘の半生と暮らしぶりをドキュメンタリー映画にする。それが『グレイ・ガーデンズ』(1975年)である。このドキュメンタリー映画は、一部の熱狂的なファンに評価され、特に、娘のリトル・イーディの奇抜なファッションが話題となり、ファッション・アイコンとして、デザイナーのマーク・ジェイコブズや女優兼文筆家として有名なダヴィ・ゲヴィンソンなど多くのクリエイターに影響を与えたとされている。本作は、それを踏まえて、そのドキュメンタリー映画を再び伝記映画的にしたものだ。

それにしても、とにかくこの人達、いっちゃっている、としか言いようがない。こんなカルト映画をわざわざ観たのは、あいも変わらず、ロングアイランドに興味があったせいであるが、ロングアイランド貴族の優雅な面影は、前半の3分の1ぐらいしか楽しめない。あとは、ネズミや烏の糞だらけの化け物屋敷で、異様に着飾った白人オバハンを見なければならない、通常の美的感覚ではかなり苦痛な映画である。(ドリュー・バルモア、ジェシカ・ラングの2大美人女優をもってしても、である。)

しかし、特にドリュー・バルモア演じるリトル・イーディのファッションや、その孤高のライフスタイルは、どこかパンキッシュで、妙なエレガントさと斬新さと異常さがあって、これがゲイ達のバイブル的映画になったのもなんとなく頷ける。

小説『ゴールド・コースト』の記事でも述べたように、かつてロングアイランドに荘園をかまえていた人達は、アメリカでは「ロングアイランド貴族」という特別な階級にいた人達なのである。これは、言わばアメリカの「没落貴族」「失われた階級」の人達の物語であり、日本で言えば太宰治の『斜陽』とか、森茉莉さんの著作とかを愛でるような感覚なのであろう。そう言えば、リトル・イーディのアイコン化は、妙にパンクな今時の女子に森茉莉さんがウケるのと似ている気がする。

本作の中では、ジャクリーン・ケネディが、世間の評判を気にして、ついに叔母と従姉のボロ屋敷を訪問するシーンが出てくるが、エレガントの象徴としてファッション・アイコンになったジャッキーと、LGBTなど一種のアウトサイダーたちのアイコンとなったリトル・イーディの対比は、非常に象徴的で興味深い。

この人達のドキュメンタリーが、ただの「いっちゃってる没落貴族」では片付けられない、賛否両論、それでも長年愛されて、ついにはこんなオマージュ的作品までつくられる、そんなところにアメリカの光と闇、その捩れ具合とこじらせ感がよく表れている。

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