書評『ベルリンのカフェ 黄金の1920年代』 ユルゲン・シェベラ ②


読みながらドイツ文化についてはまだまだ自分の勉強不足を痛感した本書だが、「編集的文化が発生する場」を考える上では、参考になることが非常に多かった。

どんな場であれば、より編集的文化が発生しやすいのか、それを事前に予測するのは難しい。それは活気と賑わいがありかつ「編集的文化が発生する」カフェを人為的に作り出すのが難しいのと同じである。

豪華な内装?居心地の良さ?コストパフォーマンスの良い食事?ベルリンの伝説的なカフェ「ロマーニッシェス・カフェ」についての記述は、それらのある種健全な合理的ビジネス的観点を真っ向から否定するものである。

ギュンター・ビルケンフェルトは、かつてこのカフェをつぎのように描いた。

「店そのものは後期ヴィルヘルム時代のロマネスク趣味からとられたその名前とおなじように、生彩を欠き、あたり一面冷やかな雰囲気を漂わせていた。(略)建築様式が不愉快このうえないもので、しかも料理がまずいという点では、プロイセンのあらゆる待合室となんら変わるところはなかった。(略)そしてこれが、スレーフォークト、オルリーク、モップが毎日コーヒーを飲んだ店なのであった!」

ロマーニッシェス・カフェの食事はまともに口にできるしろものではなかったが、どっちみち、ここで食事をとろうというのはフリの客であろうと考えられていた。というのは、フィーリング氏がいうように、「食事はいちげんの客に供するものでしかない。常連はどこか別の場所で食事をとる。すくなくとも、お金をもっている常連はそうである。」

これが、さまざまな芸術家たちで賑わい、フリードリヒ・ホレンダーのかバレットにも取り上げられた伝説のカフェの内実なのである。

そんな資本主義的観点から言えばサイテーカフェにどうして人が集まるのか?一つの鍵は、まさにその資本主義的観点にあると思う。つまり、そこにある種の経済的メリットがあるということだ。

著者のシェベラは、序章でこう述べている。

芸術と精神的生産のための伝統的な創造・討論・取引の場(劇場、アトリエ、画廊、出版社、編集部)と並んで、いまや、それ以上の意義を獲得していったのは芸術家カフェだった。彼らは、新しいプロジェクトについて議論し、そしてなによりも「売りこむ」ために、ここで落ちあった。

これは、カフェだけでなく、サロンやクラブにおいても重要なファクターであると思う。自由な議論や交流の場という観点ももちろん必要なのだが、人々を集める求心力として、「パトロンがいる」ことや「具体的な仕事の売り込み先がある」ことが重要である、という点は、この種の場所をめぐる議論の中でもっとスポットを浴びて良い、と私は思う。

たとえば、「誇大妄想狂カフェ」についての記述

(給仕長の)ハーン氏は、客たちから頼りにされる人物であると同時に客のツケ保証人でもあり、また質屋営業者でもあった。幾人もの支払い能力のあるパトロンや芸術後援者と密約を結んでおり、そのため客の知らないうちに、勘定が済んでいる場合もしばしばあった。

あるいは「レストラン・シュリヒター」についての記述

マックス・シュリヒターはこのレストランを、いつでも弟の作品を販売できるようなギャラリーとして利用していた。(略)ちなみにこういったことは、当時のベルリンではなにも例外なことではなかった。多くの若い芸術家たちは展示場や販売のための場所として、レストランやカフェを利用していたからだ。

もう一つ、これはまだあまり掘り下げて考えられてはいないのだが、活気あるサロンやクラブ、カフェなどの共通点として挙げられるものがある。それは、常連たちの連帯感やクローズド感を醸成するための仕掛け、身内だけのルールやゲーム、言葉遊び、といったものだ。

「誇大妄想狂カフェ」では、仲間内でさまざまなあだ名で呼びあったことが、常連エルゼ・ラスカー=シューラーによって記されているし、(P28)、素描画家ジョン・ヘクスターによれば、常連たちは夜な夜な韻文で話したり、頭韻転換するなどの言葉遊びに興じ、それがまたこの有名カフェの風物詩ともなっていた。(P34)

ハイデン=リンシュ『ヨーロッパのサロン』の記事でも少し触れたが、言葉遊びやゲームというのは、東西のサロン文化の中では重要なファクターである。田中優子さんの『江戸の想像力』では、日本式サロンとも言うべき「連」と俳諧のネットワークについての非常に興味深い記述がある。「編集的文化が発生する場」に重要なファクターとして、また別の機会に考察してみたいテーマである。

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