書評 『バロックの光と闇』 高階 秀爾 ①


先日、名古屋市美術館の『カラヴァッジョ展』に行き、ミュージアムショップで購入した一冊。小学館版『バッハ全集』全15巻に、「バロックの美術」として掲載した文章をまとめたものだが、タイトルは高階先生の代表的名著『ルネッサンスの光と闇』になぞらえたものだろう。

『ルネッサンスの光と闇』のような大著というのではないが、連載式でも毎回違った観点からバロック美術を扱っており、さすがバランスのとれたわかりやすい解説書になっている。わかりやすく単純化した「バロックの定義」と、古典主義、マニエリスム、写実主義、ロココ美術、ロマン主義とも深く関わりをもつ多義的で複雑な「バロックの奥深さ」の両方を、読者に提示してくれているのだ。

まず、第1章、第2章では、バロックの定義を、古典主義との比較から、分かりやすくシンプルに解説している。バロックの語源が「歪んだ真珠」の意味から来ることは有名な話だが、パノフスキーの主張する三段論法の格の一つ「Baroco」《あまりにも煩瑣で形式的な議論に熱中する論理学者たちを、ルネッサンスの人文主義者たちは「BarbaraやBarocoで頭を悩ます人々」と皮肉った。そこから、「バロック」(「バロコ」のフランス語化)は「七面倒くさい」「複雑で不自然な」という意味になった》という説も、バロックの象徴的意味をプレゼンスしていて興味深い。「印象主義」と同じように、「バロック」も元々は否定的な意味合いでつけられた蔑称に近い。

「男」を定義するのに、「人間のうち女でないもの」という言い方がある。同様に、「女」は「人間のうちで男でないもの」ということになる。バロックと古典主義との関係は、ややそれに似ているだろう。つまりバロックとは「芸術様式のうちで古典主義でないもの」と一応は定義することができよう。

古典主義との純然とした対比から、バロックの特質を捉えると非常に分かりやすい。ハインリヒ・ヴェルフリンの『美術史の基礎概念』における様式分析の5つの対概念を紹介している。

一 線的ー絵画的

二 平面ー奥行き

三 閉ざされた形態ー開かれた形態

四 多様性ー単一性

五 対象の絶対的明瞭さー相対的明瞭さ

言うまでもなく、前段の特質が「古典主義的」、後段の特質が「バロック的」とされるものである。レオナルド・ダ・ヴィンチやラファエロの静謐で均整のとれた美しさから、カラヴァッジョやルーベンスのダイナミズムや明暗表現へ。形式美を重視するあまり、ポントルモ「十字架降下」やパルミジアニーノの「長い頚の聖母」といったマニエリスムの様式を経て、その反動的にバロックが展開していったことがよく分かる。

様式的な特質と共に、バロックを語る上で忘れてならないのは、その歴史的・宗教的背景である。恥ずかしながら、バロック美術の始まりがそもそもカトリックの権威復興と深い関わりがあり、「カトリックのプロバガンダ」として使われていたことを宮下規久朗の『聖と俗』を読むまで知らなかった私だが、この本でも、第4章「大衆強化のイメージ戦略」を割いて、詳しく解説している。特に、高階先生は、「トレント宗教会議」に注目しており、断続的に延々18年間続けられたこの宗教会議が、その後のバロック芸術に大きな影響をもたらしたと、別著『芸術のパトロンたち』(岩波新書)でも述べている。

それはもちろん、トレント宗教会議(1545〜63年)がもたらした大きな成果であった。プロテスタントとカソリックの両派を融和させるために開かれたこの宗教会議が、結果的には教会側の巻き返しに終わり、いわゆる反宗教改革のよりどころとなったことは広く知られているが、その際、人びとを教会に惹きつけるために、絵画や彫刻などの芸術表現を積極的に利用することが定められたのである。「われわれの<救い>の神秘の物語を絵画その他の手段で表現することにより、民衆が信仰の条項をたえず思い起こし、心にかけるよう教化育成すること」という宗教会議の決定は、バロック美術の発展をうながす大きな原動力となった。

高階秀爾『芸術のパトロンたち』(岩波新書)

その「対抗宗教改革」に、はっきりとした理論的根據を与えたのはトレントの宗教会議である。この宗教会議以後、協会は明確な方針で新教に「対抗」していくことになる。それはやがて、十七世紀において、教会の勝利とバロック芸術の隆盛をもたらす結果となったのである。(略)特に美術の分野において注目すべきことは、感覚的、享楽的なものを否定し、それ故に聖像をも否定した禁欲的なプロテスタンティズムとは逆に、教会が美術作品の持つ教化作用を認めて、それを大いに奨励したことである。(略)理屈や論理によってではなく、イメージの力によって人びとを説得しようという戦略である。その意味では、バロックの宗教美術は、今日のコマーシャル・アートの先駆と言ってもよいかもしれない。

このような教皇サイドによる美術作品による教化運動に加えて、17世紀前半には、カトリック教会が熱心に「列聖」を進めたこと、《現世的活動と感覚的表現を通じて人びとを強化する》イエズス会が猛烈な勢いで発展し、教団の総本部であるローマのイル・ジェズ聖堂やサンティニャツィオ聖堂の天井画など壮麗なバロック作品を残したこと、などにも触れており、とても面白かった。

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