『ヨーロッパのカフェ文化』クラウス・ティーレ=ドールマン


ドイツの作家・ジャーナリストであるクラウス・ティーレ=ドールマンがヨーロッパの古今東西の有名カフェを紹介しながら、それぞれの都市のカフェ文化について綴ったエッセイ。今まで読んだ本は、英仏のカフェ文化に触れたものが多かったが、ドイツの作家だけあって、東欧圏のカフェ文化に言及しているのが興味深かった。

一口にヨーロッパのカフェ文化と言っても、個性的な歴史ある名店はそれぞれの都市文化やお国柄を反映している。

イタリアは、バイロンやジョルジュ・サンドとミュッセ、ラスキンやバルザックやプルーストなど錚々たるメンバーが次々と訪れたヴェネツィアのカフェ・「フローリアン」、ゲーテを始めとしメンデルスゾーン、ショーペンハウアー、ヴァーグナーなどドイツ圏の文化人達が集ったローマの「カフェ・グレコ」など、あらゆる国や文化から訪れる旅行者達がひと時の交歓をするコスモポリタン的魅力のあるカフェ。

スイス・チューリヒのカフェ「オデオン」も、場所柄さまざまな国からの来訪者で賑わい、その様子は、現代に負けじと劣らない第一次世界大戦前のグローバルさを物語っている。ムソリーニ、アインシュタイン、トロツキーにレーニン、レマルクなど、亡命者や政治的活動家の名前が多いのも、中立国らしい。

オーストラリア・ウィーンのカフェは、スモーキングを着たボーイ長に専門用語で飲み物を注文するなど、他とは違う格式ばったマナーがあり、ヨーハン・ユングリングのカフェでは夜な夜なシュトラウスのワルツが生演奏されるなど、ハプスブルク家の残照を感じさせる優雅で重厚なイメージだ。

ベルリンは、それだけで別冊の本ユルゲン・シェベラの『ベルリンのカフェ』が書かれているように、ベルリンの都市文化と魅力を反映した奥深いものだ。少し猥雑ですらある年の活気を反映して、大衆食堂やキャバレーと同時にカフェが発展した。

プラハやブタペストのカフェは、占領者と戦ったりナショナリズム的な政治、文化運動の温床となるなど、チェコやハンガリーの複雑な歴史を背負っている。一方で、作家のフランツ・カフカやデジョー・コストラーニらが集い、ジャンルレスな文化人や芸術家と盛んに意見交換を交わすなど、それぞれの都市に豊かで魅惑的な文学、文化が花開いていたことをうかがわせる。

パリのカフェは、なんといっても、フランス革命の準備をした場所として名高い。このあたりのことは、寺田元一『編集知の世紀』に詳しい。政治的に落ち着きを見せた19世紀以降は、有名な「カフェ・ドウ・マゴ」のように芸術家達の社交場として芸術の都パリの魅力を存分に発揮する場所となった。

ロンドンは、文学や芸術の場というよりビジネスや政治色の強いコーヒーハウスが発達し、男たちのクラブ文化が生まれてくる土壌にもなった。こちらは、小林章『コーヒーハウス』の記事でも書いた通りである。

様々な名店カフェの発祥を眺めてみて思うのは、カフェの求心力というのはなんでもありなのだなあ、ということだ。カフェが初めて誕生した時には勿論、エキゾチックで健康にも良いとされる不思議な飲み物コーヒーを鳴り物として人を読んだ。美味しい焼き菓子やケーキ、当時は珍しかったクロワッサンなどを売りにしたところもあるし、東欧圏の多くのカフェではビリヤード場を兼ねていた。ウィーンのようにカフェコンサートで人を呼んだところもあれば、ロンドンやベルリンのように怪しげな商売や投資情報が盛んに行き交う場所でもあり、逢引や裏取引の場として使われることもあった。当時は珍しくて貴重な雑誌や新聞などを置いていたところもある。

いずれにせよ、カフェの魅力を決めるのは最終的にそこに通う人々であり、決して居心地の良さや華麗な装飾ではないということだ。きっかけはなんでもいい。人が人を呼び情報が情報を呼んで魅力的なカフェは花開く。その、なんとも分析と定義のしがたいところがカフェの魅力なのだと思う。

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