書評 『クラブとサロン なぜ人びとは集うのか』 松岡 正剛 ほか


その範疇はかなり広い。クラブの元祖、イギリスでは、コーヒーハウスからロイズや新聞メディアの発生など、商業的な情報編集が活性化していく一方で、非常に偏向的な趣味クラブが発達したり、ヴィクトリア朝下では抑圧された欲望の矛先として、倒錯的性を呼び物とするようなアンダーグラウンドな男性クラブも盛んだった。フリーメイソンとの密かな関わりや、ゴルフやサッカークラブとの関わりも興味深い。コーヒーハウスについては、小林章夫氏の『コーヒー・ハウス』が参考になる。

フランスでは、社交好き、会話好きの国民気質からか、サロンが発達した。サロン流行の先駆けとなった17世紀ルイ14世下のランブイエ侯爵夫人のサロンは、宰相リシュリューからマークされるほどの勢力を持っていた。と言っても、17世紀のフランスのサロンは、娯楽が中心であり、宮廷から逃れて優美な貴族文化を愛でる場にとどまっている。このあたりは、川田靖子著『十七世紀フランスのサロン』に詳しい。18世紀に入ると、百科全書派を育てたタンサン夫人のサロンを皮切りに、サロンは次第に政治的・哲学的な色合いを帯びてくる。19世紀に入ると、政争から度々亡命を余儀なくされたスタール夫人を見るように、サロンは政治的要素の濃いものになっていく。女主人が幅をきかせていたことからも分かる通り、フランスのサロン文化はフェミニズムの発達という面からも非常に興味深い。ハイデン・リンシュの『ヨーロッパのサロン 消滅した女性文化の頂点』が参考になる。

19世紀末のベルリンでは、都市文化が発達し、様々なカフェやサロンが、カバレット、新聞や週刊誌、ナイト・クラブやスポーツ・クラブなどの大衆文化の母胎となった。こちらについては、ユルゲン・シェベラ 『ベルリンのカフェ 黄金の1920年代』を参照。

日本のクラブ・サロン文化というのも非常に興味深い。守屋毅氏は室町時代・足利義満の会所は日本的サロンであり、室町幕府全盛期の会所のディレクターとして能阿弥があったと論じている。その後、日本的サロンは、茶会と連歌会といった文化の中で息づき、日本独特の「連」という観念を生み、江戸時代にはその担い手が武士から商人へと移っていく。「連」という繋がり方の面白さ、独自性に興味をもって、田中優子氏『江戸の想像力』や『江戸のネットワーク』なども読んでみた。

日本の場合、個人がいて、その集まりとしてのサロンがあるのではなく、個人は「場」のなかの個人となる。その意味では、場は、もはや変わらない完結した個体の寄せ集まりではない。

連は、場のダイナミズムの側面である。場を共有する個体は、他の個体と離れながら連なる。他の個体や共同性に一体化したり同化することはありえず、あくまで連なるのである。したがって場の共有は、人間の側面のみに注目した場合、「連」と呼ばれることがある。

日本サロン文化の独自性と普遍性を考えて、現代の日本にそれをどうやって生かすのか、と想像してみるのはとても楽しい作業だ。

ラスト2篇で高山宏氏、松岡正剛氏が独自のクラブ・サロン論的なものをまとめているが、当たり前だが、全然まとまってはいない(笑)。どちらかといえば、さらにスコープを広げて、クラブ・サロン論の広がりの大きさを示唆する内容になっている。さまざまな工房や流派、エコール、アソシエイション、さらにはイエズス会や20世紀アメリカで芸術家たちが掲げた運動まで、さすがにちょいと大風呂敷を広げ過ぎの感もある。でも、クラブ、サロンという切り口がこれだけの可能性をもっていることが何より興味深い。

最後に松岡正剛氏が、クラブ・サロンを考える切り口として「コミュニケーション」「社会組織」「消費文化」の3点を挙げている。ものすごく納得、という感じではないが、クラブ・サロンがもつイメージの膨大さ、雑多さ(それが魅力なわけだが)を少しだけ整理する足がかりにはなる。アカデミックな研究ではとても相手をしてもらえないだろうが、魅力の尽きない分野である。

最後に、松岡正剛氏が、コンピューター・ネットワークについて述べている部分を抜粋しておく。

こうしてネットワークのなかにヴァーチャル・ソサエティが出現すれば、そこに託す人びとの「好み」がふたたび出やすくなるかもしれません。ただしそのためには、大きなネットワーク・クラブが一つできるのではなく、たくさんのネットワーク・クラブが誕生しなければならない。そしてそれらが林立し、拮抗しあうべきです。そうなれば多数のネットワーク・ソサエティが想定されますから、自分の「好み」の多様性を個別に提示したいという欲望が芽生える。この欲望がさまざまなネットワーク・クラブを現実に出現させるということにもなりそうです。まあ、そのうちにわかることでしょう。

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